飲食店は食品衛生責任者と防火管理者の資格さえあれば開業することができる。いずれの資格も1~2日の講習を受けるだけで取得することができるため、比較的参入しやすい業種であり、開業の選択肢として選ばれやすい業種である。
一方で、この記事を見ている方であれば「成功する飲食店は一部でありほとんどのお店は二〜三年以内に閉店する」、といったような話を耳にしたことがあるはずだ。確かにこれは事実であり、戦略無しに参入すると多くの場合失敗する。だが、裏を返せばそれまでになんとか出来れば成功するということである。
それでも上手くいかない飲食店が多いのは、対処出来ない状態になってから行動を始めるからだ。成功している飲食店と失敗する飲食店のもっとも大きな違いは、今なんとかするために行動しているか、将来良くなるように行動しているかという点が大きい。ここでは飲食業で最低限失敗しないための基本的な考え方と失敗する経営者が陥りがちな負のスパイラルに関して解説したい。
飲食店経営というビジネスモデルと失敗する飲食店が陥る負のスパイラル
飲食店の経営を理解するには、飲食店経営がどういった構造で利益を生むビジネスモデルなのかということを理解する必要がある。以下の表を見て欲しい。これは、飲食店を経営する上で関わる物流やお客様の流れを示したものだ。
このような図は一般的にバリューチェーンと呼ばれる。簡単に言えば、仕入れから利益に変わるまでの一連の流れの事である。
経営の本質は売上を最大に上げて経費を最小に下げる事であるという事は言うまでもない。
飲食店経営とは、このバリューチェーンの各要素の
①どこに、どのような価値を付与して競合他社よりもお客様にとって魅力的に出来るか
②利益を最大化する為にどの要素をコスト削減出来るか
この2点を追求し続けることといっても過言ではない。
このバリューチェーンで最も意識しなければならない点が、「ほぼ全てのフローにおいて人的リソースが関わっている」という点にある。つまり全ての事業活動に人件費が発生していると考えるべきなのだ。これが飲食業界が労働集約型産業である所以である。
そして利益を出す為に最も簡単な経費削減の矛先が人件費でもある。この間違った経費削減の結果として「長時間のサービス残業」、「休み無し」等のブラック起業化が進んでしまう。
それが継続的に続くことで業界全体の風習となり社会的イメージが損なわれれば、求職者の数も当然減少し、人材難に陥ることは言うまでもない。人材難に陥入れば事業活動全体に人的リソースが発生する訳だから、当然価値創造に当てる時間も減少し、売上高の確保も難しくなる。
そうなればさらに経費を削減しなければ経営できない。これが失敗する飲食店が陥る負のスパイラルだ。失敗する飲食店はこの道を辿ってしまうといっても過言ではない。そして、この負のスパイラルの各要素が「飲食業界の当たり前」となっているという点が失敗確率を底上げしている。
負のスパイラルに陥らない為には失敗条件にハマらないように逆算で対処する
ここでは、失敗の定義を資金ショートでお店、会社の経営が出来なくなる状態とする。
飲食業は基本的に現金商売なので、掛売り等が主な取引であるメーカーや卸売業と比較するとキャッシュフローが良い業種と言える。
それでも資金ショートを起こしてしまう要因は、ほとんどの場合読み違いによるものだ。分かりやすく言うと、思っていたより売上が上がらず、思っていたより支払いが多い状態になってしまうということだ。
そしてほとんどの場合が先述の通り、売上不足が要因である。
成功する人間の多くは高い目標を持っていたり、具体的な成功イメージを持っているケースが多い。
そのイメージから逆算して今取るべき行動を正しく選択できる経営者は成功する。
正しい選択を行う為には正しい知識が必要になる。その知識を得る為に、成功する経営者はとにかく様々なお店を見に行っている。
そこで「なぜ繁盛しているのか」を考え、自社に落とし込む努力を行う。
この行動が意味するところは、売上を上げる為に行動しているという点にある。
成功している経営者は本能的に売上を上げる為の行動を取っていて、売上が無ければ何も出来ない事を知っているのだ。
失敗する飲食店が売上不足になる3つの理由
負のスパイラルに入らないためには、売上確保が第一優先だと言うことが理解出来たのではないだろうか。
では、なぜ売上不足や売上の読み違いが起こるのか。使っている媒体が悪い、広告の見出しが悪いと言った細かい話もあるだろうが、それは失敗していない状態になってから取り組む部分であり、改善する事による売上のインパクトはそこまで大きくはならないケースがほとんどだ。大抵の場合、3つの本質部分のいずれか、もしくは複数を見誤っている。
お客様の立場に立てていない
飲食業界に関わるもので、お客様の事を考えていない人間はいないと思う。
しかし、失敗してしまう飲食店はお客様の立場に立って考える事が出来ていない場合が多い。
よくある例を上げよう。
仕入れ価格が高騰するたび全体的に値上げする
お客様と仕入れ値は関係ない。全体的な値上げは客単価を押し上げてしまう。客単価が上がれば、高いと感じるお客様の来店頻度が下がる可能性がある。そうなれば売上高は減少する。お客様のことを考えるなら、客単価と利益額を変えないように商品の改廃を行なったり、新たな仕入先開拓を行うなどを先に着手すべきだ。
常連のお客様なので少し待ってもらおう
常連のお客様ほど大切にするべきだ。季節変動での売上の差を小さくするには安定的にご来店いただけるお客様の数を増やすことにこだわるべきである。常連のお客様だから大丈夫といった友達感覚になってしまうと、お客様は離れてしまう。
今日は暇なので早くお店を閉めよう
営業時間はお客様との約束である。空いていると思ってお店までわざわざ足を運んだのにお店が閉まっているとどうするだろうか。当然他店に流れてしまう。来店頻度が3ヶ月に一回の業態であれば、次に来てもらえる可能性があるのは3ヶ月後になってしまう。この数が増えるとどうなるか。考えるだけでも恐ろしい。
このようにお店側からすれば「大丈夫」「仕方がない」ようなことでも、お客様から見れば「関係ない」ものは数多くある。
失敗するお店ほど、こういった部分への感度が低い。実施する施策がお客様に関係あるかどうか。常に意識してほしい。
知識不足を業界常識で補う
先述の通り、飲食業界の当たり前は失敗に繋がる可能性が高いものが多い。代表的なもので言うなら、「原価率30%+手間賃のルール」だ。
昔よりはかなり少なくなったが、基本的に全商品原価率30%で設定し、仕込みに手間がかかったものは高めの値段にするといったやり方だ。
これは「値付け」という経営において最も重要な判断の一つをサボっているということだ。
値付けというものは面白いもので、安くすれば多く売れるというものでもない。
ある一定の価格を境に値段と出数が比例しなくなる部分が出てくるのだ。
利益を最大化する値付けを行う事ができれば、余剰利益を還元できる。
そうなれば、原価率の高い商品を提供しても全体の利益率を変えずに客数を増やす事ができる可能性が出る。
その他にも
「サービス残業は当たり前」
→残業代を後から請求される
「タイムカードは働く準備ができてから」
→制服や作業服の着用が義務付けられている職場なら着替える時間も準備時間に相当する
など誤った常識で経営を続けた結果、あとあと困るような事を正しいと思って行なっている場合もある。
飲食業界の当たり前を物差しに経営判断を行う際は、それが本当に正しい事なのか疑うべきだ。
何となく感覚で経営判断してしまう
失敗する飲食店ほど、自店の数字を質問した際に答える事ができない。
何が要因でお客様がご来店していて、そこに現在いくらの投資が発生していて、どのような結果が数字として上がっているかを把握できていない。
最低でも、お客様がどこからどういった方法であなたのお店を知って来店に繋がっているのか、そのお客様は全体の何割かという部分は知っておいた方が良い。
実際にあった例をあげて説明したい。
ある飲食店で、「グルメサイトに毎月数十万円の販促費を支払っているが、そこまで効果があるかわからないので辞めようと思っている」と相談を受けた。グルメサイトの管理画面上ではアクセス数、コール数ともにエリア内で上位の実績を出す事ができている。単純な数字だけを見れば、やめない方が良いと判断できる。
しかし、この数字にはお客様がアクセスした経緯が含まれていない。
・お客様はグルメサイトの中でお店を探して見つけたのか
・お店の口コミを聞いた上で調べた結果、グルメサイトにたまたまたどり着いたのか
この飲食店ではこれを把握するために、1ヶ月間全てのお客様からアンケートを取った。
複雑な内容だと回答率が下がるので、「当店を初めて知ったきっかけは何ですか」と言うシンプルな内容だけに絞った。
結果は約6割が「知人からの口コミ」、2割が「グルメサイトを見て」と言う内容だった。
この飲食店では、費用対効果の悪い媒体から様子を見ながら徐々に削減を検討してみると言う経営判断を取った。
結果、売上は変わらず経費を削減することに成功した。
この飲食店はたまたまこのような傾向にあったが、もし6割がグルメサイトを経由して来店していたならどうなっていただろうか。
アンケートという数値検証のための行動を取っていなければ判断ミスが起こる可能性は十分にあり得る。
このように変えようとする結果とそれに影響を与える要因を数字で把握する事で、失敗のリスクは大きく減少する。
全ての数字を常に頭に入れておく必要はないが、キーポイントになる数字は押さえておくべきである。
成功している飲食店は何度も何度もこのような行動と数値検証を繰り返し、絶対に外してはいけない数字をKPI(重要業績評価指標)として必ず押さえている。それは、売上=客数×客単価といった大まかな数字ではなく、DMのレスポンス率や、家賃、会員数、一番商品の出数といった、経営している側にしか分からない指標として現れる。そして、そこを絶対に真似できないレベルまで引き上げる事で、圧倒的な参入障壁が生まれる。
まとめ
上記のような考え方が、結果として売上が上がらない要因、つまり「失敗する要因」を作ってしまっているケースがほとんどである。
ここから抜け出さない限り、なかなか行動が成功に繋がりにくい。
内容をまとめると、
・自店のバリューチェーンはどこに価値があり、どこが努力で削減できそうか考える
・飲食業界の当たり前はあなたのお店の当たり前ではない
・今やろうとしている事はお客様に「得がある」内容か
・数字の要因と結果を判断した上での内容か
飲食店の経営で悩んだ際は、上記のような考え方でまずは現状を整理してみて欲しい。
失敗に繋がってしまう要因が含まれている場合はきっと見つける事ができるはずだ。